大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成9年(ワ)13294号 判決 2000年8月31日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的請求

1  亡乙川一夫(以下「一夫」という。)及び亡乙川ウメ(以下「ウメ」という。)共同作成名義の昭和45年9月15日付け自筆証書2通による遺言(以下「本件遺言書」という。)はいずれも無効であることを確認する。

2  被告乙川次郎(以下「被告次郎」という。)は、原告に対し、別紙物件目録2ないし7<略>の各土地につきなされた、別紙登記目録一<略>の各登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告乙川花子(以下「被告花子」という。)は、原告に対し、別紙物件目録2ないし7の各土地についてなされた、別紙登記目録二<略>の各登記の抹消登記手続をせよ。

二  第1次予備的請求

1  被告次郎は、被相続人亡一夫の遺産につき相続権を有しないことを確認する。

2  被告花子は、遺贈者亡一夫の遺産につき遺贈を受ける権利を有しないことを確認する。

3  被告次郎は、原告に対し、別紙物件目録2ないし7<略>の各土地につきなされた、別紙登記目録一<略>の各登記の抹消登記手続をせよ。

4  被告花子は、原告に対し、別紙物件目録2ないし7<略>の各土地につきなされた、別紙登記目録二<略>の各登記の抹消登記手続をせよ。

三  第2次予備的請求

1  被告次郎は、被相続人亡一夫の遺産につき相続権を有しないことを確認する。

2  被告次郎は、原告に対し、別紙物件目録2ないし7<略>の各土地につきなされた、別紙登記目録一<略>の各登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告花子は、原告に対し、別紙物件目録1ないし7<略>の各土地建物について被告花子の有する共有持分権につき、原告が4億8,582万7,028分の6,376万0,360の割合による共有持分権を有することを確認する。

4  被告花子は、原告に対し、別紙物件目録2ないし7<略>の各土地につき被告花子の有する共有持分権につき、平成9年5月24日遺留分減殺を原因とする、4億8,582万7,028分の6,376万0,360の割合による共有持分一部移転登記手続をせよ。

四  第2次予備的請求のうち3及び4についての予備的請求

被告次郎は、原告に対し、6,376万0,360円及びこれに対する平成6年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

五  第3次予備的請求

1  被告らは、原告に対し、別紙物件目録1ないし7<略>の各土地建物につき、原告が4億8,582万7,028分の1億2,448万8,738の割合による共有持分権を有することを確認する。

2  被告らは、原告に対し、各自別紙物件目録2ないし7<略>の各土地につき被告らの有する共有持分権について、平成9年5月24日遺留分減殺を原因とする、それぞれ4億8,582万7,028分の6,224万4,369の割合による共有持分一部移転登記手続をせよ。

六  第4次予備的請求

被告次郎は、原告に対し、1億2,448万8,738円及びこれに対する平成6年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被相続人である一夫の死亡後12年も経過した後に、本件遺言書が存在するとして被告次郎により検認の申立てがなされたが、その経過が不自然であるとして、原告は、主位的に遺言無効の確認及び遺言に基づいてなされた所有権移転登記の抹消登記手続を求め、予備的に、被告らは本件遺言書を隠匿していたから相続欠格者あるいは受遺欠格者であるとして、その確認及び右同様の所有権移転登記の抹消登記手続を求め(第1次)、被告次郎にのみ相続欠格事由が認められる場合にその確認及び同様の抹消登記手続を求めるとともに、なお不足する遺留分額について被告花子が遺贈により取得する共有持分権について減殺請求をし、右遺留分減殺請求権が除斥期間の満了若しくは時効により消滅している場合に備えて被告次郎に対し遺言を隠匿したことによる事務管理者の善管注意義務違反若しくは不法行為に基づき損害賠償を求め(第2次)、さらに、被告らに対する遺留分減殺請求(第3次)及び遺留分減殺請求権が除斥期間の満了若しくは時効により消滅している場合に備えて被告次郎に前記同様の損害賠償を求めた(第4次)事案である。

二  争いのない事実

1  一夫は、昭和59年12月23日死亡し、その相続人は、子である、丙山冬子(以下「丙山」という。)、被告次郎、丁田夏子(以下「丁田」という。)及び原告の4名である。

ウメは、一夫の妻であり、昭和49年1月27日死亡した。被告花子は被告次郎の妻である。

2  本件遺言書は、平成9年3月6日、大阪家庭裁判所において、検認手続が行われた。

3  一夫は、本件遺言書により、一切の財産を被告らに相続させる旨の遺言をし、これに加えて、ウメが右遺言に同意する旨の記載がある。

4  平成9年5月24日、原告は、被告らに対し、遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。

5  別紙物件目録1ないし7<略>の土地及び建物は、一夫の遺産であり、各土地及び建物について、別紙登記目録<略>の各登記がなされている。

三  争点及び争点に対する当事者の主張

1  本件遺言書による一夫の遺言は無効か。

(原告)

本件遺言書は、一夫の自筆かどうか明らかでないこと、同一日付のほぼ同一内容の遺言書が2通存在し、未だ下書きの段階のものと思われること、ウメが同意する旨記載されており、これが一夫名義になっているウメの財産についても被告らに取得させる趣旨であるとすると、共同遺言禁止に違反することから、本件遺言書による遺言は無効である。

(被告ら)

本件遺言書は、一夫が全文、日付及び氏名を自署し、指印を押して作成したもので、自筆証書遺言書として適式かつ有効なものである。

2  被告らは、本件遺言書を隠匿したことにより、相続欠格者あるいは受遺欠格者か。

(原告)

被告らの隠匿行為が相続に関して不当な利得を目的としていたことを推認させる間接事実は以下のとおりである。

(一) 被告らが本件遺言書の内容を知らなかった場合

被告らは、遺産分割協議がされていないにもかかわらず、被告次郎が単独で相続したものとして、相続税の申告をしたこと、原告に何の連絡もしないで、原告に送付されるべき相続税の納付書等を被告次郎宛に送付するよう税務署に届け出をして、自ら相続税を納付したこと、遺留分減殺請求の消滅時効を援用していることに照らすと、被告らは亡一夫の遺産の全てを取得することを当然の前提と考えていたものと推認できる。

そして、本件遺言書に被告らがその遺産の全てを相続させるとの記載がはたしてされているか不安であったため、本件遺言書を隠匿し、その間に、被告らが遺産の全てを取得できるよう行動した。

(二) 被告らが本件遺言書の内容を知っていた場合

被告らは、以前から懇意にしている税理士や司法書士がいるなど、弁護士の紹介を容易に受けられる立場にあり、また、近隣においても相続争いがあることを知っていたことから、遺言に関する法律知識を容易に取得できたものと推認できる。そして、被告らは、他の相続人の多額の相続税を納付しながら、昭和61年から平成7年まで遺産について他の相続人と交渉することなく、原告らの遺留分減殺請求権消滅後に新たに交渉を再開し、一夫死亡後12年を経過した後に本件遺言書の検認の申立てを行ったことに照らし、原告らの遺留分減殺請求権を消滅させる目的で本件遺言書を隠匿したというべきである。

(三) 被告花子は、一夫及び被告次郎と同居しており、乙川家にとって重要な事項の決定について主導権を有しており、本件相続に関する重要な場所(相続人間の協議等)に出席し、本件遺言書の検認手続にも立ち会おうとしたが、書記官から相続人でないからとして退室するように言われて出たほどで、一夫の相続に重要な関心を有していた。したがって、本件遺言書を被告次郎とともに保管していた。仮に保管していないとしても、被告次郎から本件遺言書が存在することを聞きながら、原告らにその存在を告げていない。

(被告ら)

(一) 被告らは、本件遺言書の内容を知らなかった。

(二) 被告次郎は、一夫から本件遺言書の交付を受けて以来、単にこれを保管していただけで、丙山にはその存在を明らかにしている。検認の申立てをしなかったのは当時相談していた税理士から、本件遺言書が公正証書遺言でないから無効である旨の説明を受けてこれを信じていたからであって、遺言書の隠匿にあたらない。

(三) 被告らが不当な利益を得る意図があれば、一夫の死後10年を経てすぐに検認の申立てをしているはずであるし、弁護士に相談するまで相続人に遺留分減殺請求権という権利があることを知らなかったのであるから、不当な利益を得る目的はなかった。

(四) 相続人欠格の制度趣旨は、被相続人に対し非違行為に出たものに厳しい制裁を与えることが中心理念であり、不当な利益を得る目的の有無の判断にあたっても、被相続人の最終意思を当該相続人が害したか否かが最重要視されるべきところ、本件においては、被相続人の意思は被告らにおいて遺産すべてを相続することであるから、被告らの行為によって、一夫の意思を害することもない。

(五) 被告花子は、本件遺言書を保管していない。

3  被告が、原告の遺留分減殺請求権が除斥期間の満了ないし時効により消滅した旨主張するのは、権利の濫用か。

(原告)

民法1042条後段の規定は、遺留分減殺請求権の行使により法律関係の安定性が害される場合に適用されるべきであり、本件では、第三者は現れておらず、取引の安全を害することもないから、被告らの主張は、信義則に反し、権利濫用として許されない。また、被告らが、民法1004条に定められた遺言書提出検認義務を怠ったことにより、原告は、遺留分減殺請求権を行使できなくなるのであって、被告らの主張を認めると、遺言書を10年以上秘密にすることにより容易に減殺を封じることができ、遺留分制度自体が存在意義を失うことになり、著しく正義・公平の理念に反する。

(被告ら)

一夫死亡後10年間原告による遺留分減殺請求はなされておらず、民法1042条後段により、除斥期間の満了ないし時効により消滅した。右時効を援用する。

原告は、一夫の死亡後10年間は自ら相続に関する協議を求めたり、遺産分割調停を申し立てるなどして被告次郎に本件遺言書の提出を促し、右提出を受けて遺留分減殺請求をする機会があったにもかかわらず、原告はこれを怠るばかりか、被告次郎からの相続に関する話合いの申入れを断固として拒否し、そのために機会を自ら失ったものであるから、被告の主張は、何ら信義則に反し、権利濫用となるものではない。

4  原告の具体的遺留分額

5  被告の損害賠償義務の有無

(原告)

被告次郎は、本件遺言書を自ら保管しながら、故意又は過失により、10年以上も遺言書の提出検認義務を履行せず、原告の遺留分減殺請求権を消滅させたから、事務管理者の善管注意義務違反ないしは不法行為に基づき、原告が得るべき遺留分額相当の損害賠償義務を負うべきである。

(被告ら)

遺言書の検認の趣旨は、遺言書の偽造、変造を防ぎ、かつ、遺言書を確実に保存するものであって、遺言書の早期提出を促して相続人が遺留分減殺請求権を時効に掛けてしまわないようにするためのものではないから、検認義務は原告の主張する損害賠償請求の根拠となる注意義務ではない。また、原告は、一夫の相続につき協議を申し入れ、遺産分割調停の申立てをするなど、被告次郎に本件遺言書を提出させ、自己の遺留分減殺請求権が消滅するのを容易にさけることができたのであって、被告らはそのような原告に対して損害賠償義務を負わない。

第三  判断

一  争点1について

1  証拠(甲1、乙5)によれば、本件遺言書の筆跡は、一夫が記載したと思われる書類(乙6ないし9)の筆跡と同一人のものであると鑑定され、また、本件遺言書の検認手続において、丙山及び丁田は、本件遺言書の筆跡は、おそらく一夫のものであると思う旨陳述し、原告も、本件遺言書が封緘されていた封筒の筆跡は多分一夫のものであると思う旨陳述したことが認められ、これらに照らせば、本件遺言書は、一夫が記載したものと認めることができる。

2  甲第1号証によれば、本件遺言書は、同一日付でほぼ同一内容のもの2通がひとつの封筒に封緘されていたものであること、被告次郎は受け取ったときの状態のまま保管していたこと、封筒は封緘されていたことが認められるが、同一日付でほぼ同一内容であることに照らせば、一夫の意思としては紛れがない上、一夫がきちんと封緘して被告次郎に渡したことに照らしても、本件遺言書は、完成したものというべきである。

3  本件遺言書には、ウメが遺言に同意する旨の記載があるが、本件遺言書の内容は、一夫の所有物が対象であることは明らかであって、共同遺言には当たらないというべきである。

二  争点2について

1  <証拠略>によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 被告次郎は、昭和45年9月ころ、一夫から本件遺言書を受け取り、自宅の離れにある金庫に入れて保管していたが、その内容については見ていないし、一夫から聞いてもいなかった。

(二) 被告次郎は、一夫の死後3か月ほどたってから、自宅台所で丙山に対し、本件遺言書の存在を告げた。

原告は、丙山は、被告次郎の言いなりになる人物であるから丙山の証言は信用できない旨主張するが、本件全証拠によるも、丙山が原告主張のような人物であることを認められず、原告の右主張は、その前提を欠き失当である。また、丙山が原告及び丁田に対し、本件遺言書の存在を告げたかどうかについては、丙山の証言はあいまいであるが、そのことから、被告次郎から聞いた旨の証言の信用性が否定されるものではないというべきである。

(三) 被告次郎は、一旦単独相続として相続税を申告した(乙2の1)が、その後遺産分割未了として、各相続人の法定相続として相続税を申告した。他の相続人が相続税を納付しないことから、被告次郎が相続税をすべて納付した。

(四) 被告次郎は、相続税の申告について有本税理士に相談したところ、相続人全員が20年間営農を継続することを表明する書面に押印すれば、税金が4,000万円ほど免除される旨の説明を受け、これに相当する金額を原告、丙山及び丁田に渡そうと考えたが、これを除いた一夫の遺産は自らが相続したいと考えていた。そして、近隣での事案などから、そのためには、遺産分割協議書が必要であることを認識しており、一夫死亡後5か月ほどして原告らに対し、実印を作って捺印してほしい旨依頼したが、原告らは応じなかった。

(五) その後、被告次郎は、丙山や叔父である戌野松夫に依頼するなどして書類に捺印して欲しい旨伝えたが、結局、原告は、応じず、自らの意見や希望を伝えることもなく放置していた。

(六) 平成8年2月23日、原告、被告次郎、丙山及び丁田は、丙山宅に集まったが、結局、遺産分割の話はまとまらなかった。同年3月、被告次郎の依頼を受けた丁田及び丙山が原告宅を訪問したが、原告は、用件を確認することなく、体調不良のため横になり、その日の日記には、「姉達とも話すことはない」旨記載した(乙19の5、6)。

(七) 平成8年12月26日、遺産分割についての原告の意向を確認するよう被告次郎の依頼を受けた安藤税理士が原告に電話を掛けたが、原告は、話し合いはできないと断った。

(八) (七)の後、被告次郎は、安藤税理士から弁護士に相談したほうがよいとして、本件の被告ら訴訟代理人である川﨑弁護士を紹介され、本件遺言書の存在を告げたところ、川﨑弁護士から検認の申立てが必要である旨教えられ、検認の申立てを行った。

2  被告らは、有本税理士に相続税の申告について相談した際、本件遺言書の存在を伝えたものの、公正証書遺言でないから登記手続ができない旨言われたことから、本件遺言書は無効であると信じていた旨主張し、被告次郎はその旨供述するが、相続税の申告について相談を受けた税理士が、依頼者から遺言書の存在を聞いて、単に登記手続に使えないからというだけの対応を取るとは通常考えがたく、被告次郎の右供述は採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  1で認定した事実に照らせば、被告次郎は、丙山に本件遺言書の存在を告げたものの、一夫の死後一貫して原告、丙山及び丁田との間での話し合いにより遺産分割を解決しようと意図して行動していたというべきである。仮に、被告次郎が原告の遺留分減殺請求権を消滅させる目的があったとしたら、被告次郎は、まず遺言書を開封して内容を確認した上、一夫の死後10年間は遺産分割についての話し合いを持ち掛けることなく放置し、10年の経過とともに、遺言書に基づいて相続登記手続等を行うのが合理的行動と考えられるところ、前記認定のとおり、本件遺言書は封緘されており、開封されたことを認めるに足りる証拠はないし、被告次郎は、一夫の死後10年経過後も原告との話し合いを持つべく行動し、本件訴訟代理人から言われて初めて遺言書の検認の申立てを行っているのであって、以上に照らせば、被告らが、原告に対して、本件遺言書の存在を告げなかったことをもって、民法891条5号にいう「隠匿」に当たるとは到底いえない。

原告は、被告次郎は、昭和21年ころ家出をしたことや一夫に強圧的な態度を取っていたことなどから、本件遺言書が自らに全財産を相続させる旨の内容かどうかについて、不安を持っており、前記認定の原告に対する申し入れは、遺言書を隠匿し、その間にすべての財産を取得できるように行動したことを推認させる事実である旨主張する。しかし、原告の主張する過去のいきさつについては、客観的にこれを裏付ける証拠はないし、丁田の証言自体も伝聞に基づくものが多く、にわかに採用できない上、家出の事実があったとしても、その後相当長期間にわたり、被告次郎は、一夫とともに、あるいは一夫を引き継いで農業を営み、一夫及びウメの老後の面倒を見るなどしてきたのであって、家出の事実から被告次郎が原告が主張するような不安を抱いていたことを推認することはできないというべきである。しかも、被告次郎は、本件遺言書において、被告花子に相続させる旨の記載があったことは意外であったが、自らに全財産を相続させる旨記載されているであろうと考えていた旨供述しており、本件全証拠によるも、この供述の信用性に疑問を抱かせる事情は認めることができない。また、前記認定の被告次郎から原告に対する申入れの事実から、被告らが遺言書を隠匿しすべての財産を取得できるように言動したものと推認することもできないから、原告の右主張は採用できない。

三  争点3について

前記のとおり、被告らが本件遺言書を隠匿した事実及び被告らが原告の遺留分減殺請求権を消滅させることを意図した事実は認められないから、これを前提とする、原告の被告による除斥期間の満了あるいは時効の主張が権利の濫用あるいは信義則違反である旨の主張は、採用できない。

原告は、本件においては、取引の安全を害することがないから民法1042条後段は適用されない旨主張するが、同条後段は、相続をめぐる法律関係の早期安定の目的から、相続開始から10年が経過した時点で確定的に遺留分減殺請求権を排斥する趣旨と解されるから、右主張は採用できない。

したがって、原告の遺留分減殺請求権は、一夫の死後10年の期間の経過により、1042条後段により消滅したというべきである。

四  争点4について

前記のとおり、被告らが本件遺言書を隠匿した事実及び被告らが原告の遺留分減殺請求権を消滅させることを意図した事実は認められない。したがって、被告次郎が本件遺言書を保管しながら提出検認義務を怠ったことにより、原告に対して損害賠償義務を負うかどうかが問題となる。確かに遺言書が提出検認されないことにより、相続人あるいは利害関係人が不測の損害を被る可能性はあるが、少なくとも、本件においては、原告は、自ら遺産分割協議を被告次郎に申し入れ、被告次郎が協議を拒否した場合には法的手続を取ることにより、一夫の遺産の相続についての協議の場を設定することができ、そうすれば、本件遺言書の存在も明らかになったということができる。したがって、原告の主張する遺留分減殺請求権を行使できなかったことによる損害は、被告次郎の提出検認義務違反によるものというより、原告において、一夫の死後10年間にわたり、被告次郎が原告の法定相続分に対する相続税をも支払ったことを知りながら、前記認定のとおり、被告次郎からの申し入れを拒否してきたことによるものというべきであるから、原告主張の損害について、被告次郎は賠償責任を負わないと解するのが相当である。

第四  結論

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

(別紙)物件目録1~7<略>

登記目録一~二<略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例